夜学舎

「書く」にまつわる日記

日記ブームについての考察 その2

前回は今日記がブームという話を書いた。

今回は自分の日記遍歴を振り返りながら、どうやったら日記が続くかについて書いてみたい。

yagakusha.hatenablog.com

私の日記遍歴

私は日記をつけたいと思いながら、大学生までは紙の日記を続けようとしては続かないということを繰り返していた。
それがインターネットでつけるようになると続くようになった。

・〜2005年頃 ネット日記の読者時代
最初にネットで日記をつけるという文化を知ったのは、いろんな個人店のHPに載っていた店主の日記だ。
1990年代から2000年代始め、古民家を改装してカフェや雑貨店にするというようなブームがあって、わたしはそういうお店をめぐるのが趣味だった。
そういうお店の多くは店主の思いや個性を大事にしていたので、ホームページにも日記をあげている人が多かった。
そういうのを見てインターネットに日記を載せるという文化を知った。
当時私は完全に読者の立場で、自分の日記を公開なんて恥ずかしいと思っていた。

・2005〜2008年頃 mixi時代
そんなネットに自分の文章をあげることへの抵抗を取り払ってくれたのが、mixiだ。
当時は招待制で、誰かからの招待がないと使えなかった。
mixiは見る人が友達ばかりなので、気楽に書けるのがいい点だった。
不特定多数に見られるのは怖いけど、友達ならまあいいだろうと、1日の日記や読んだ本の感想を書くようになった。
一方で、mixiの出始めは実名で友達になるのも知り合いばかりだったのと、見たら足跡がついた。それで、いつも誰かとつながっている感じがして窮屈だなと思い始めていたところ、ある人と人間関係が壊れたのをきっかけに、いつまでも人間関係がつながっていることに嫌気がさしてやめてしまった。

・2006年〜2012年頃(〜現在) ブログ時代
同時期くらいにブログが登場した。
mixiがいやになった私は、その当時契約していたプロバイダが提供するブログサービスでブログを書き始めた。
周りの作家志望の人や、何か物づくりをしている人の多くはホームページを作って自分の作品を載せたり、日々の活動を発信していた。
わたしは当時出版社の契約社員で、編集者やライターになりたかったので、文章の練習にと思ってネットに文章を書いたりするようになった。内容は他愛もない日々の記録や思いやエッセイ、読んだ本の感想などだ。
しかし、引っ越したときにプロバイダを変えてしまったせいで、うっかり移転作業を忘れてしまい、ブログがなくなってしまった。
そして、しばらくあまりネットに自分から何かを書くというのはやらなくなった。
はてなを使い出したのは、2011年にフリーランスになったときだ。
はてなを選んだのは、当時わりとはてなで書いていて作家デビューする人が多かったからだ。当初はプレビュー数を気にせず、他愛もない日々の記録や思いやエッセイ、読んだ本の感想などを書いて淡々とやっていた。
ところが、ツイッター、ブロガー文化のようなものがあるのを知るうちに何を書いていいのかわからなくなった。ツイッターだと「バズり」が大事だし、ブロガーはアフィリエイトで稼ぐから内容は別にして数あげろという感じだった。
わたしはあまりどちらも求めていなかったけど、どうもそういうものがはやっているようだというのが耳に入ってくると、自分はどういうスタンスでブログを書いていいのかわからなくなってきた。
はてなは続けていたが、更新頻度はぐっと下がり、かなり力の入った文章しか掲載しないようになり、日々の思いやモヤモヤを吐き出す場所ではなくなった。

・2014〜2016年頃 タンブラー 時代
そんなとき出会ったのがタンブラー だった。

saruwakakun.com

タンブラー は、テキスト、イラスト、映像、写真、音声といろんなものがあげられるサイトで、好きなサイトを作っている人をフォローしたり、コメントをつけたりといった交流機能もある。ちょうど、課金できないnoteといった感じだ。
タンブラー が流行っていたのは、2013年くらいから16年くらいまで(今でもやっている人はいると思うけど)だと思う。
noteがリリースされて、タンブラー からnoteに移った書き手も多かったように思う。

タンブラー は静かなnoteという感じだった。
noteは毎日書くこととか、人にいいねとつけたりコメントをつけたりすることが推奨されているけど、タンブラー はそういうことは別にしてもしなくてもいいという感じ。
だから、淡々と好きな人のページをチェックしたり、淡々と自分の思いを書き綴るというのに便利だった。ただ静かすぎて読まれているという実感を得られない部分もあった。
noteはいいねがなくてもページビューがチェックできる。
だから、読まれているという実感を得やすい。
タンブラー からnoteに移った書き手が多かったのはそんなところも理由だろう。
わたしがタンブラー をやめたのは、2018年に書籍が出版社から出版されることになったからだった。
本の元になった文章も多かったので、ページ自体をとじることにした。


・2019〜2020 note時代
そして、わたしも他の書き手と同様、noteに書く場を移した。
しかし、やっぱり何を書いていいかわからなかった。
なんとなくnoteは書くこと以外を生業にしている人が、自分の仕事について書く場としては書きやすくていいと思うのだけど、書くことを生業にしている人にとっては、使い方が難しいメディアなのではないかと思ってしまう。
私にとっては「書きすぎてしまうこと」がネックだった。
書きやすいがために、いらないことまで書いてしまう、そのことであとで後悔したことが何度かあった。
コロナで鬱々していた時期はその気持ちを発散するのに使っていたが、
特にもう自分には必要がないかなと思ったので、いったんやめることにした。

note.com



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ネットで日記を書くことへのモヤモヤ

・わがままな書き手
こうやって振り返ると、この15年ほど自分はいろんなプラットフォームを使って日記を書いてきた。
こんなにいろんなプラットフォームを転々としているのは、多分自分の中に矛盾している部分があるからだろう。
自分のためといいながら、誰かに読まれているという実感を得られないと続けられない。しかし、あまり頻繁にコメントをもらうとか、長文のコメントをもらうとか、常にいいねしあわないといけない場だと息苦しくなってくる。
また、読まれる範囲が実際の友達の範囲だけだと物足りなくなるし、オープンな場すぎるとちょっと怖い。
知り合い、知り合いじゃない問わず適度にクローズドな場で、適度に読まれているという実感が得られる場で書きたい。
わたしはとってもわがままな書き手なのだ。

・スクショ日記をインスタにあげる
そういう自分のわがままを満たしてくれるサービスが思いつかなかったので、編み出した方法があった。
ケータイのメモをスクショしてインスタのストーリーにあげるという方法だ。
見るのはインスタのフォロワー中心であり誰が見てくれたかわかること、
1日で消えるので公開範囲が限定されること、
ケータイのメモでスクショで撮れる程度の量しか書けないこと、
インスタのストーリーはすぐ消えて読むのが一瞬なので長いコメントは来ないこと、
などメリットが多かった。
今はもうやってないけど、これはとても続けやすかった。
日記が続かないと思っている人には是非やってみてほしい。

・LINEのオープンチャットへの期待
今可能性を感じるのはLINEのオープンチャットだ。
ラインにはmixiみたいに不特定多数の人がコミュニティーを作れる機能があって、
そこに参加すれば匿名で文章を書けるようになっている。
ZINE作家の伊藤さんがそこで日記を書くオープンチャットを運営している。


ある程度公開の場で書きたい、でもある程度クローズドな場がいい、ある程度見られたいけど、具体的な感想とかコメントはほしくない、といった日記をネットで書くことについてのモヤモヤの多くをクリアしている、非常に面白い試みだ。

・書き手と読み手が平等な場
このオープンチャットに参加して数ヶ月たつが、文章は淡々としていて日常を淡々と綴っているようなものが多い。だから人の日記や日常と自分をくらべたりすることが少ない。
noteもみんなが読んだり書いたりしながら育つコミュニティという感じはあるのだが、人の目を気にして「読ませよう」「面白がらせよう」といった文章が多い。
また、誰の日記が人気とか、誰かがバズるといった部分がある。
今思うとそこがちょっと辛かったのだと思う。
オープンチャットでは匿名性が担保された中で、ランキングもなく、みんな書き手でありみんな読者であるという平等に書いたり読んだりする場が作られている。
人に見られつつ人の目を気にしないでいいから続けやすい。

もしかしたら、日記に限らず、文章を書くことを続けられるポイントというものはそこにあるのかもしれない。
日記や文章を書くことが続かないと悩んでいる人は、ある程度人に見られつつ人の目を気にしないでいい場を、探すなり作るなりしてみるといいのではないだろうか。

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