夜学舎

「書く」にまつわる日記

フェイスブックとインスタページを作りました

これまで個人の太田明日香のFacebookInstagramで夜学舎のお知らせをしていましたが、今後は夜学舎のFacebookInstagramでお知らせします。
ツイッターは同じままです。

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また、こちらのページでは情報発信メインにするため、フォローや交流はありません。

どうぞよろしくお願いします。

『生活の批評誌』5周年集会に行ってきました

久しぶりに対面のイベントに行きました。

seikatsuhihyou.hatenablog.com
『生活の批評誌』というミニコミが創刊5周年を迎えた記念イベントです。
編集長の依田那美紀さんが、他に雑誌を一人で作っている2名のゲストを迎えてお話しするというものでした。

ゲストでいらっしゃったのは、普通に読める日本語の雑誌『トラべシア』の編集発行人の鈴木並木さん。

travesia.booth.pm


ウェブマガジン『Offshore』改めアジアを読む文芸誌『オフショア』編集発行人の山本佳奈子さん。

offshore-mcc.net
3人の共通点は一人でメディアを作っていること。
今回のお話もそれを軸に進んでいきました。

共通点としては、人とやるのが苦手というのと、
テーマが人と共有できると思えないということでした。
その一方でグループでやることへの憧れだったり、一人じゃない方がいいものができるのではという葛藤もあったそうです。
それを依田さんは「多様な視点がいい信仰」とおっしゃっていたのが印象的でした。

この話題で私が特に印象に残ったのは、山本さんの「調整は技術」という言葉でした。
編集は外から何をやっているのかわかりにくく、また言語化しにくいことをやっているため、「誰にでもできる」と言ってしまいがちですが、実はそうではない。
編集者は原稿依頼、進行管理、いただいた原稿へのフィードバック、どの順に並べるかなどの調整をしている。
そこには細やかな気遣いやコミュニケーション能力が必要とされる。
そのコミュニケーション能力というのは、世間の人がイメージするようなかノリ良く誰とでも喋れるというようなものではない。
例えばきちんとメールのやりとりができるとか、メールを読み書きできるような能力。あるいは、人によって電話がいいとか、ここは会って話した方がいいとか判断をつけられるような能力だというふうに言っていました。

私が非常に面白いと思ったのは、みなさんが「コミュニケーション能力」を「一人」で発揮するというやり方をしていることです。
私も人と一緒にわいわい一つのものを作るということに長らく憧れがあり、
試してみたりしましたが、どうしてもいつもうまくいかないので諦めました。
そして、人と一緒にできないことを「コミュニケーション能力」の欠如のように思っていました。
しかし、それは私が「コミュニケーション能力」という言葉を一面的にしか捉えていなかったからだと気づかされました。
「コミュニケーション能力」というのは、仲間を集めて巻き込んでみんなでわいわいやることだけを指すのではない。
また、発揮の仕方も人と何かを一緒にやることだけではなく、一人で何かを作るということも含むと気づきました。


私はこれまで自分の人と一緒にやることができない点を欠点と捉えていたり、
調整能力やメールの読み書きについても、
誰でもできるとかなり低くみつもっていたのですが、
今回のトークのおかげでセルフイメージを考え直すきっかけになり、
参加してよかったです。

もう一点興味深かったのは、これら雑誌をなんと呼ぶかです。
これら個人雑誌のことは、今のはやりの言葉で指せばZINE、
3人のスタイルはひとり出版社ということになるのかもしれません。
しかし両方とも当てはまらないと思いました。

ZINEと呼ぶには3人ともしっかりと作り込んでおり、販売を前提としている。
ZINEの定義も曖昧になっていますが、野中モモさんの『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』では「個人が非営利で発行する自主的な出版物作った印刷物」というふうに、「非営利」は外せないと言えます。


また割と気軽に思いつきで作ることが推奨されていたりするので、「技術」を元に「有料」販売を前提としたこれら雑誌を「ZINE」と呼ぶのは当てはまらないと思います。

また、「ひとり出版社」は西山雅子さんの『"ひとり出版社"という働き方』によると、「ひとりで(あるいはかつてひとりで)出版社を立ち上げた」以上の定義はなさそうです。


3人ともひとりで作成していますが、あくまでもやりたいのは雑誌作りや、
自分が書き手となれる場を作ることなのかなと思いました。
それは、自分以外の書き手を探してきてその人の本を出すという
「ひとり出版社」ではないと言えるでしょう。

私自身も、「そんなに本を出したいならひとり出版社でもやればいいのに」と
言われたこともありましたが、いまいちふんぎりがつきませんでした。
よくよく考えてみると、自分の本は作りたいけど
人の本は作りたくないことに気づき、
別にひとり出版社はやらなくていいやと思いました。

最後に、なぜこのような個人雑誌がはやっているかについて、
山本さんか鈴木さんだったと思うのですが、
「器が少ない」というようなことをおっしゃっていたのが印象的でした。
自主制作で本を作る人たちが増えてきたのは、DTPで作りやすくなった、
印刷費が安くなった、文フリや独立系書店などのマーケットができた、
さらにはネット通販で流通しやすくなった、
個人対象の小取次ができたなどのいろいろな要素が大きいでしょう。
昔は大人数で広告を取らないとやれなかったことも、
印刷費や流通コストが安くなったことで広告費を取らなくてもできるようになったため、個人でできるようになったという面はもちろんあると思います。

その一方で雑誌の数はどんどん減っています。

www.garbagenews.net

新しい書き手は雑誌から出てきていたけど、
そこがもうあんまり機能しなくなっている。
しかし、ネットがあるじゃないか。
確かにmixiはてなツイッター、noteなどから
昨今新しい書き手がどんどん登場してきています。
しかし、ネットで書くのと雑誌で書くのとは根本的に違うのではないか。

yagakusha.hatenablog.com

ネットが苦手、でも何か書きたい、作りたいというときに、
自分が書ける場としての雑誌を作ろうという発想になるのかもしれないと思いました。

自分が書き手や編集者として本を作ってみて思ったのは、本というのは一冊一冊が世界で、その一冊一冊のつながりや集まりが書物の世界を作っており、その中で多少の売れる売れない、知名度の大小の違いはあれど、一冊一冊が本の世界を豊かにしているということでした。

なんというか私は個人雑誌というのは、そういう本の世界に、我こそはと名乗りをあげて、率先して参画していくことで本の世界を耕していくような営みではないかと思いました。

dot.asahi.com

もちろんこのような、本は商品じゃなく文化だというような活動が本の世界を豊かにすると思いますし、その心意気も素晴らしいものがあると思います。

しかし、作り手として商品を作ってその商品によって本の世界に参画することも同じくらい尊いことだと私は思います。
比べるわけではありませんが、私は、個人雑誌というのは、自らの主張を雑誌という媒体を作ることを通じ、商品として本の世界に参画する一種の文化運動だというふうに捉えました。

みなさんのお話を聞いて、自分も作り続けることでこの文化運動の列に加われたらと、思いを新たにしました。


教師とライターの共通点

この方のツイートが先日からぼんやりと考えていたこととつながっていて興味深いなと思いました。

授業を面白くしすぎない方がいいのではないか、ということを、最近考えていた。
私は日本語教師をしているのだが、今受けている研修がある。
先日はICT化についての研修だったのだが、
そこで雑談が多くて学生に考えさせるような授業の先生はオンラインではあまり受けがよくなくて、一方的に講義するような知識教授型の授業の先生の方がオンラインでは受けがいいという話を聞いた。

なんとなく、いい先生というと、講義型より話術に長けて雑談が多くて学生を持ち上げたりするのが上手でやる気をださせるような、学生に慕われる人というイメージがあった。
しかし、その研修を受けてから、いい教師に対する少しイメージが変わった。
何も話術に長けているとか、学生参加型の思考させる教師だけが優れた教師というわけではないのだ。

そのあとこの中西さんのツイートを読んで、教師はサービス業といわれるが、もしかするとサービスしすぎもよくないのかもしれないと思った。
わかりやすすぎる授業というのは総じて残らない。あまり学生のところに降りていきすぎて、学生に教えたことが入ってなければ本末転倒だ。

きれいなパワポを作るとか、流れるように淀みなく講義するとか、そういうのを追求してしまいがちだが、それは誰のためにするものなのだろうか。
それが自分のためだけになってしまってはあまり意味がないのではないだろうか。
どういう効果を与えたいか、そこが重要で、授業はそれに向かって組み立てるものではないのだろうか。
きれいなパワポも細かなテクもそれを補う手段にすぎなくて、本末転倒になってはいけない。

それを思うと、ライターも同じではと思った。
こういう言い方をすると偉そうだと思われるかもしれないが、その文章が読者へのサービスが目的になってはいけない。
読者へのサービスとは読みやすさ、面白さ、見せ方、写真、長さ、記事以外でのSNS等でのふるまいなどいろいろある。
それをなぜやるのかが対象の姿を正しく伝えることにつながるのであればいいのだが、
読者への人気取りになってしまうとよくないのではないかと思う。
ときどき読みやすすぎる文章はどうなのかと思うことがある。
例えば新聞や週刊誌の文章などはひっかかりなく一読で文意がとれるように書いてある。
内容だけでなく、定型句やゴロ合わせなどで、気持ちよく読めるように書かれている。

以前『三行で撃つ』を読んだときに、文章はグルーヴが大事みたいなことを書いてあって、そうなんだろうけど、そうかな?と思ったことがあった。

kokeshiwabuki.hatenablog.com

 

そのひっかかりは、気持ちよさでするする読んじゃう文章って、本当に読めてるのかな?という疑いだ。
グルーヴのある文章はそのときは文章のうねりに飲み込まれてまれてするする読めるんだけど、案外残ってないことも多いんじゃないのかと思ったのだ。

話術がうまくて、サービス精神旺盛で学生を巻き込めるのはうまい授業だと思う。
でも、それで学生が何かを学べるのかは別なのと同じように
文章もグルーヴがあって、読者への目端が効きすぎているからいい文章というわけではないのではないかと思った。

ちょっと不器用な先生の授業を覚えていたりするように、ひっかかりとか癖とかぎこちなさが残る文章を意外といつまでも覚えていたりする。
だから、なんていうか、過剰サービスを授業にも文章にも込めなくていいのではないかと思った。

そう思うと、ライターとしてのふるまいも教師としてのふるまいも似ている部分がある。学生へのサービスをするからいい教師というわけではないのと同じように、読者へのサービスをするからいいライターというわけではない。

学生に残る授業や対象の姿を正しく伝えるためには、実はあまり学生や読者サービスの方によらない方がいいのではないか。
ちょっとまだうまく言えないのだが、そういうようなことを思った。

夜学舎まつり@太陽の眼(高知)9/3〜25

夜学舎のブログをご覧のみなさんこんにちは〜。

高知県にある太陽の眼というお店で、夜学舎まつりを開催してもらうことになりました!!

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お店があるのは高知市から車で1時間くらいの影野という地域。
写真を見ると田んぼの中にポップなお店がど〜んとあるのでオドロキます。
インスタを見ると昭和レトロな古着や雑貨が所狭しと並んでおり、カフェスペースもあるそう。

そもそものきっかけは3年前に開催された高松のポリ裏ブックフェアに店主の綾花さんがきてくれたこと。

book.asahi.com

綾花さんは『愛と家事』を読んでくださって、なんと、高知からかけつけてくださったのでした!

は〜、なんてありがたい感想😢😢😢

「いつかイベントを〜」と行って別れ、
そして、綾花さんは舞踏を、一緒にお店をやっている森田理論さんはノイズ音楽をやっているので、大阪に公演にいらっしゃったときは見に行ったりもしました。

twitter.com

そしてコロナへ突入😷😷😷

「いつかイベントを〜」なんて日がほんとに来るのかわからない状況になってしまいました。

お店には行けないものの、ときどきインスタで見たものをショッピングさせてもらったりはしていました。
去年から作り始めた雑誌『B面の歌を聞け』もお店で置いてもらったり。

そして、今年、そろそろいいんじゃない?
ということでようやく実現した夜学舎まつり!!!

結構もりもり盛りだくさんなので、どんなイベントがあるのかご紹介していきます。

まずは夜学舎全点フェア!

夜学舎で出した本と、私がライターや編集者として関わった本をほぼ全点揃えていただきました。


ラインナップはこんな感じです。

・夜学舎のこれまでの刊行物

『愛と家事』

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『B面の歌を聞け 1号 服の自給を考える』

服の自給は難しいのでは?
オリジナルブランドを作っている作家さんや
服で面白い実践をしている人たちから服の自給について考えます。

taiyounome.square.site

 

『密鬱日記』

2020年5月28日から9月30日までnoteに書いていた日記。
 

試し読み 

taiyounome.square.site

 

『B面の歌を聞け 2号 酒との付き合い方』

文筆家の綿野恵太氏「雑に飲んで、雑に死ぬ。」、ムスリム、ワインバー店主、下戸のライター、お酒をやめた文筆家など6名の文から酒との付き合い方を考える。

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・著書



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・ブックライターとして関わった本

淡路島にお住まいの料理家・どいちなつさんのエッセイ&レシピ集。シンプルに火を囲んで食べるご飯が紹介されています。

 


性別の垣根をファッションで超えたい! メンズサイズの可愛いお洋服を作りたい!!
だけど、お金なし、ノウハウなし、人脈なし。
そんな彼女がどのようにして自分のブランドを持ち、
なぜ東大安田講堂でファッションショーを開催できるようになったのか?

がむしゃらに走り続ける起業家の成長記録。

ブックライティングのお手伝いをしました。

 

・寄稿した本、雑誌

2012年11月号〜2016年5月号に掲載された文章の中から選ばれた女性と仕事にまつわるエッセイ集。

雨宮まみ、植本一子、トミヤマユキコ、惣田紗希、関根美有などのクリエイターのほか、自営業、フリーランス、ナース、書店経営者などいろいろな働き方をしている女性たちによるエッセイ集。私はバンクーバーでのパート生活について書きました。

 

『オフショア』(オフショア)

アジアを読むための文芸誌。エッセイ、詩、インタビュー、聞き書き、小説など、さまざまな書き手によるアジアを考える雑誌。私は日本語学校での経験を詩にしました。

 

奈良で私設図書館ルチャ・リブロを運営する青木真兵氏と青木海青子氏による対話とエッセイ集。『愛と家事』刊行時に行った青木真兵氏との対談が掲載されています。

 

『PORTLA クラフトビール特集』(PORTLA)

京都のカルチャーサイトPORTLAが初めて作ったzine。北海道、奈良、大阪、長野などで活躍する5名の醸造家のインタビュー集。おつまみレシピやエッセイ、短歌なども。私は奈良の奥大和ビールさんのインタビューをしました。

 

taiyounome.square.site


関西発のローカル誌、写真家、建築家、落語家……いろんな人の家事についての特集。写真家の平野愛さんのインタビューとコラム「やってあげるから抜け出すために」を担当。

平野愛さんはNHK大阪放送局制作の朝ドラの小道具で使う写真も撮影しておられ、朝ドラが家事に与える影響や、これまで1000以上ものお宅の写真を撮ってきた結果が反映された家づくりなどについて伺いました。

コラム「やってあげるから抜け出すために」は、夫の一言で自分の家事への思い込みと押し付けがましさに気づいた話です。

 

・連載

仕事文脈』11号〜20号(タバブックス)

すべてのゆかいな仕事人に捧げる、年2回刊行のリトルマガジン。「35歳からのハローワーク」では、35歳以上で転職した人たちにインタビューしています。

 

11号 日本語教師

12号 福祉施設職員

13号 古本屋

14号 島で仕事を作る

15号 飲食店

16号 キャリアカウンセラーに聞く転職のコツ

17号 出産を機に全員リモートワークの会社の経営者へ

18号 介護をきっかけに離職、介護終了を機に再就職

19号 結婚〜出産〜離婚を機にフリーランスの道へ

20号 うつを機に小学校教員から印刷所兼古本屋へ

 

・企画編集した書籍 


ニケシュ・シュクラ編、栢木清吾訳

イギリスの有色系の移民やその子孫であるクリエイター21人によるエッセイ集。海外ルーツをもつ方や移民問題に関心のある方に読んでもらいたい本です。


結構ありますね。自分でもびっくりしました。

お次はイベント紹介。

1つ目は私とおしゃべりする会です。

9/23 19時から 太陽の眼さんで開催します。

お問い合わせは太陽の眼さんまで

taiyounome.square.site


2つ目は編集者のタケムラナオヤさんとトーク

9/24 19時から 高知のデザイナー/編集者のタケムラナオヤさんとトーク
20年近く本やフリーペーパーを作り続けてきたデザイナー/編集者のタケムラナオヤ(高知)さんと地方、zine、本についてざっくばらんに話します。

taiyounome.square.site

お問い合わせは太陽の眼さんまで

taiyounome.square.site


そして、今回の一番の目玉は、木谷ワインの高知初上陸

・9/23 12:00〜 「木谷ワイン」販売

narawine.com

ー楽しさと面白さを分かち合いたくなる味ー
『B面の歌を聞け』2号で紹介している、奈良初のワイナリー「木谷ワイン」の自然派ワインをグラス販売します。

ボトル2本ご用意、無くなり次第終了。ぜひお早めに。


3人でめちゃめちゃがんばって作り上げたイベントです。

是非みんな楽しみにきてね〜💐🎊💝

密鬱日記(試し読み)

『密鬱日記』は2020年5月28日から9月30日までnoteに書いていた日記です。
自分の人生に転機をもたらしたコロナ禍と心境の変化を、なるべく当時の率直な気持ちのままにを残したいと思い、出版することにしました。
アベノマスク、10万円給付、持続化給付金、ツイッターデモなど、当時の世相が反映されています。


2020
/06/01

 

 今日は疎の日(仕事がない)だけど明日は密の日(仕事がある)なので、朝から憂鬱。布団からどうしても出たくない。ここ2週間〜10日くらい寝つきが悪く、ずっと胸の圧迫感と心臓がドキドキする感じがある。多分密のストレスと仕事のストレスのせいなんだと思う。このままでは病気になってしまいそうでよくないなと思った。そういえば市の無料の電話心理相談があったはず、と思って検索してみた。私の住んでる市は、女性センターがやってるのと、自死防止のためのものと、いのちの電話があった。

 女性センターはどちらかというとDVや子どもの発達などの家族関係のものが多くて、ちょっと私は対象外という感じ。自死防止のものは、自死遺族や当事者のメンタルのケアのためのもののようだ。いのちの電話が一番24時間受付だったので朝一でかけてみたら、全然つながらなかった。困っている人がたくさんいるのだろう。昼頃かけたら繋がった。

 カウンセリングとか悩み相談の電話というのは、当たり外れが大きいイメージがあったけど、出た人はほとんど自分の意見を言わずに、ずっと相槌うって聞いてくれる感じの人で話しやすかった。だんだん喋ってて、何が嫌なのか整理されてきた。

 嫌なことを箇条書きすると

 

・緊急事態宣言が解除されて、電車が混んできた

・今も一応県外移動は自粛となっているはずなのに、通勤しないといけない→これは調べたら誤解で、もう県外移動はオッケーになっていた(6/2追記)

・自粛しないといけないのに混んだ電車で通勤することに不満があるけど、それを職場の人には言いにくい→自粛期間はもう終わっていた(6/2追記)

・コロナでうちに引きこもっていた間に不安と恐怖が増幅されて、他人と人が密集している場所が怖くなっている

・そのせいで他人に対する許容量がすごく減っている、またそういう他人を受け容れられない自分に対してもダメな人間のように思う

・特定の店でしか買い物、外食できなくて、家事がしんどい

・息抜きするために遠くへ行けない、インターネットで息抜きしようとすると暗いニュースと怒っている人ばかりで疲れて息抜きの場がない

・人と会えないし会うにしても、些細なことが気になって余計ストレスがたまる

・ネットで息抜きしようとすると、政権批判や、クラウドファンディングのニュースが多すぎて自分も何かしないといけない気持ちになって全然息抜きにならず、それで逆に疲れる。また、一緒に怒ったり、寄付できない自分がダメな人間のように思う

・オンラインイベントも多すぎて、何もできない自分がダメな人間のように思う

 

 などなど。ずっとすごく愚痴りたかったんだけど、自分は家族いるしとか、仕事あるしとか、子どもいないしとか、医療従事者の人の方が大変だしとか色々思って、愚痴る資格がないんだと思っていた。でも、相談員の人に、ガワだけ比較しても意味がなくて、その人にはその人なりのしんどさがあって、それは人と比べられるものじゃないから、それは我慢したり比べなくていいんですよと言われたら、愚痴っていいんだと思えた。

 仕事がぎゅうぎゅうでしんどくて、勤めている日本語学校が休みになった不安で編集の仕事入れすぎたのは自業自得だから、仕事で首が回らなくなっているのも、自分のせいだから文句言ったらいけないと思っていたけど、不安だからそういうのもしょうがないですよって言ってもらえた。

 クラファンとか、ニュースに反対するのも、あなたは今傷ついて大変な状態なんだから、その上で人の支援なんてできないから、まずは休んだ方がいいですって。そういうのはできる人に任しといたらいいって言われた。そしたら、私はコロナ流行り出してから辛い時とか全然泣けなかったんだけど、すごい涙が出てびっくりした。いっぱい泣いたら少しスッキリした。

 アメリカで黒人の人やヒスパニックの人が死亡率が高いっていうニュース見て、現場労働者にそういう人たちが多いから、人種差別の構造が現れてるって話とか、うちにいてステイホームできるっていうのは、特権的な身分だからみたいな話をすごい見て、しんどくなってた。怖がっているのは恵まれてるからなのもとか、頭ではわかるけど、怒られてるみたいですごい嫌だった。

 私はそこまで自粛警察にはならなかったけど、今の自分の密警察みたいな状態が行き過ぎたら自粛警察になるのかなと思った。よく知識があったら差別しないって言う。自分もその言葉を信じてきた。もちろん差別的なことはしたらダメなんだけど、ただ今まで頭で信じてて行動してきたことが全部ひっくり返ったみたいで、そういう自分にがっかりした。

 自分の頭と行動の落差が何に由来するのかよく考えたら、私も当事者なんだった。仕事断ったらなくなるかもと思うから怖いのに出勤してるし、今のうちにいっぱい稼いどかないとこの先仕事なくなったらどうしようみたいな不安があるから、無理して編集の仕事入れちゃう。自分はステイホームできる恵まれてる立場に見えるけど、そうでもなかった。だから自分の辛さに目が行かなかったんだと思う。自分が辛くないと思っているから、他に目を向けろって言われたら説教されてるみたいに感じたり、他人の些細なことが気になってしまってた。

 コロナでは、みんな当事者みたいな状態で、その中にグラデーションがある。大きな構造で語られることと、個別の事情は違う。でも、個別の事情と別に大きな構造の中では特権的な立場にいるからって、その人がしんどくないってわけじゃない。そのことで変に罪悪感持ったり、自分が傷ついてるのに我慢しなくていい。

 そして、そこを見逃すと、批判の矛先が変な方向にいく。しんどい時には、他人のことを思いやるとか、連帯するとか、不正義に立ち向かう気力がなくなる。そして、立ち上がれ、抗議しろ、連帯しろって声が、できない、しない自分が怒られてるみたいに聞こえてくる。するとくるっと回って、そういう当事者やそこに連帯している人が敵に見えてきちゃったりして、すごくしんどいことになるんだと思う。

 個人的なことは社会的なことっていうけど、まずは自分のこと一番気にした方がいい。自分の気持ちとか、心の声とかをちゃんと聞いた方がいい。構造とは別に、自分の大変さや辛さに目を向けた方がいい。そうしないと、人のことなんて考えられないし、逆に人を攻撃しちゃったりする。元気になったら次はそういうことを気にしたらいいから、余裕のない人はまずは休もう。


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雑誌に書いてみて思ったこと

先日『IN/SECTS』という雑誌と『オフショア』 という雑誌に寄稿しました。
そこで気づいたことがありました。
以下に連続ツイートしましたが、もう少し整理して書いておきます。

 

 

offshore-mcc.net


ウェブ記事に対するしんどさ
今まではどちらかというと編集込みの広報誌やパンフレット、書籍、ウェブのインタビューが多くて、雑誌は会社員のときに月刊誌でライターをしていたのと、
『仕事文脈』で「35歳からのハローワーク 」という連載をさせてもらっているのと、たまに寄稿の依頼が来るくらいで、それ以外ではあまり書いた経験がありませんでした。

2冊寄稿してみてウェブ記事とだいぶ感じが違うなと思いました。
ウェブだと、人気や原稿のよさはプレビュー数ではかられますが、
雑誌は一つの原稿だけ目立ってもだめで、特集の一部として調和が取れているというのも必要です。
また逆に一つの記事だけで見ると目立たなくても、全体として見た時にその記事があるから特集が引き立つということもあります。
だから、すごく目立たないからといって不要なわけではなく、そういった記事も全部を成り立たせる大事な一部で、そういった目立つ記事と目立たない記事が揃って全体が成り立つのが雑誌だなと思いました。
そのような、自分の記事だけで雑誌が成り立っていないというのは、ウェブ記事にはない感覚なので、書かせてもらってとてもおもしろかったです。

これまでウェブ記事に対していろいろなしんどさを感じていました。
よくウェブ記事を読まれるためにすることとして、発信して、つながって、ということが言われていましたがそれに対してずっと疑問を抱いていました。
・プレビュー数を稼がなければならない
・ネットでアピールしないといけない
・そのためにネットでのパフォーマンス(コミュニティづくりやふだんの生活の発信など)が必要とされる
・でも炎上しないようにしないといけない
ようなプレッシャーを感じていました。


ライターの働き方の変化を指摘していた
"読モ"ライターという言葉

ところで、批判も多かったかと思いますが、宮崎智之さんの「ライターが"読モ"化している」という指摘があります。

www.gentosha.jp

宮崎さんの指摘によると、"読モ"化したライターとは、

 

記事中に顔出しの写真を掲載し、SNSを駆使しながら「知」ではなく「共感」を拡散している人たちのことだ。

ということです。
これは、ウェブで何かを書くと、「書くこと」だけが仕事ではなくなるということを指摘していたのではないでしょうか。
宮崎さんの指摘は、ウェブは記事単体で勝負しなければいけないから、その分個人ががんばらないといけなくなったライターの働き方の変化を指摘したものではないかと読みました。

それまで雑誌ならば、それまでその雑誌が持っていたブランド力や宣伝力があったため、ライターが無闇に宣伝する必要がありませんでした。
また、特集記事として他の記事とセットで読まれることといった総合力で勝負していたため、自分の記事だけでがんばらないとというしんどさが少なかったと思います。
そのような自分だけで立ってない感じが、ウェブで記事を書くことのしんどさにつながっているのではないかと思いました。

疲弊しないために
今まで私はウェブで書くことにプレッシャーを感じたり、そのことで疲弊していました。しかし雑誌に書いてみて、それから逃れるためのポイントがいくつかあると思いました。

1.割り切る
まず、仕事は納品まで
よくウェブ記事を拡散して読んでもらうまでが仕事という方がいらっしゃいますが、それが料金に含まれているのならそれでいいと思いますが、期待はされていても、通常は料金が上乗せされていないと思います。
まず自分の仕事は依頼通りに書いて、納品したらそれで終わりと割り切りましょう。
その上でプレビュー数がすくないとか、拡散されないとかを気に病むのはやめましょう。決してライターだけの責任ではありません。

2.自分がなぜその媒体になぜ呼ばれたのか意識する
文章を依頼される場合に、文章よりで依頼される人と専門性で依頼される人とパフォーマンスで依頼される人がいます。
1番目はライターやジャーナリストなど書くことが仕事の人。
2番目は飲食店などをやられていたり、コンサルタントなどをしたり他に本業がある人。その本業での専門性を期待されて依頼される人です。
3番目はフォロワーが多いとか、生活とか言論のパフォーマンスが面白いと思われて依頼される人です。

おそらくいちばん注目されやすいのは3番目の方です。
これまでは2、3番目の方と比較して、自分はライターなのに全然読まれてないと凹むことも多かったのですが、それは依頼の目的が違うので、いちいち比較する必要がないのではないかと思いました。
ジャンル違いの人と比べてもしょうがありません
文章で依頼されたなら、文章を磨くのが一番で、パフォーマンスで勝負する必要はありません

3.目に見えないところできっちりやる

編集をやっていたときに、困ったのが
規定枚数を守らない人と締め切りを守らない人でした。
あとあとデザイナーさんやほかの工程に大きく迷惑をかけます。
やはり一緒に仕事している人がいるのですから、
そういう方たちに迷惑をかけないようにするのが大事だと思います。
つい、人は目に見えるところばかり比べてしまいがちです。
しかし、注文に応じて依頼枚数きっちり期日までにあげて、相手が仕事しやすいように段取り崩さないといったような目に見えない部分は比べられません
パフォーマンスは目立って見えるから比べがちですが、目に見えない部分はどうでしょう。そこをちゃんとやっていることは自信をもってもいいのではないでしょうか。

4.パフォーマンスは得意な人にまかせる
ウェブで書き始めたときに、書くことは得意だけど、パフォーマンスは苦手、今の書く環境だとライターとして難しいのでは……という不安を持っていました。
私もパフォーマーになろうとしていた時期もありましたが、そういうのは得意な人にまかせておけばいいと考えるようになりました。
仕事が来ないかもと不安を抱く人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。書くことが必要とされる仕事は、必ずしもウェブでライターをやるだけにとどまりませんパフォーマンスが苦手なら、無理にやる必要はないのではないでしょうか。

私は前はパフォーマーよりになりたいのか、ライター側に徹するのかぐらぐらしていましたが、今は使い分けたらいいのではと思うようになりました。
また、パフォーマーとしてもネットで露出を多くするとかは苦手なので、もっと得意なところで、自分の持ち味を生かせるような方向でやるようにしようと思いました。
いろいろとマニュアルやこういうことをしろという情報も多いから迷うし、ツールも多いので承認欲求が刺激されて、誘惑が多いです。
だからこそ、自分の性格ややりたい方向性、得意を生かせる方法を考えて、それにあったやり方を見つけるのが疲弊しないコツなのではないかと思いました。

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