期間限定で大正のソーシャルポップストア大正で開催中のはしのたもとbooksに出店します。
1/13(火)〜1/27(火)
ソーシャルポップアップストア大正
大正区三軒屋西1-26-5
営業時間
11:00〜20:00
*期間中にお休みの日や営業時間が変更になる日があります。
カレンダー等ご確認ください。
日替わりで店番がかわります。
25日(日)17時~20時まで店番します。
期間限定で大正のソーシャルポップストア大正で開催中のはしのたもとbooksに出店します。
1/13(火)〜1/27(火)
ソーシャルポップアップストア大正
大正区三軒屋西1-26-5
営業時間
11:00〜20:00
*期間中にお休みの日や営業時間が変更になる日があります。
カレンダー等ご確認ください。
日替わりで店番がかわります。
25日(日)17時~20時まで店番します。
ならBOOK回廊終わりました。
ありがとうございました。

開催場所は奈良県庁前の回廊。
奈良県庁は向かいに奈良公園と興福寺があって、ちょうど東大寺に行くまでの通り道になっている、奈良の目抜き通りのようなところにあります。
普通は県庁って、城跡にあることが多いと思うのですが、奈良県庁は江戸時代に興福寺の敷地だった場所で、それが奈良っぽい。
奈良県庁には建物を囲むように回廊があって、そこが東大寺への通り道兼催し物ができるちょっとした広場のようになっています。
中心に建物があって回廊がその建物をぐるりと囲んでいるってすごく法隆寺っぽい。と思ったら、奈良県庁を作った建築家の片山光生(みつお)は、奈良時代の伽藍配置をヒントにしたそうです。
秋の行楽シーズンかつ連休最終日、そのうえお天気もよく、まさに野外イベントにぴったりの一日。ひっきりなしにお客さんが来ていました。
通り道ということもあって、本に興味のない方もふらっと立ち寄ってくださったり、どこかへ行くついでに立ち寄って、帰りに購入されるという方もいて、今まで出てきた会場型のイベントとはまたちがうお客さんの流れがありました。
今回のブースのお隣は太田さしみさん。
『奈良フラフラ日記』というzineをシリーズで作っているイラストレーターさん。今回は万博のzineを出しておられました。
それから、奈良の貸棚書店のふうせんかずらさんで本を売っているbook.wakakusaさん。
本業は臨床心理士で、心理学や心の健康に関する本をたくさん扱っておられます。
『書くことについてのノート』を読んでいただき、「セルフカウンセリングの本ですね」と言っていただき、うれしかったです。
『書くことについてのノート』と『燃え尽きるまで働かない』を扱っていただくことになりました。
目の前は吹田からやってきた西日本出版社さん。
奈良や仏像の本がもりだくさんで、人の波が絶えませんでした。
楽しい出会いもたくさんあった一日。
また開催されるとうれしいな。
今回誘ってくださった棚音文庫さん、ありがとうございました。

このあと、不眠になったりコロナになったりしたけど、もう元気だ。
夜は通しで7時間眠れるし、体重も3キロ減ったのに、毎日ポテチや高カロリーなものを食べていたらあっという間に戻って、むしろまた減らさないといけないぐらいだ。
心療内科もカウンセリングも行ってみたけど、今は別に何も困っていないので、行くのをやめた。あんなにショックで、もう無理かもと思ったのに一ケ月で回復した。
あんなに苦しかったのに、もう平気だなんてなんなんだろう。
私を救ったものは、正しい現状認識だった。
私は恋愛をしたのではなく、突然の性被害という嵐にただ巻き込まれただけだったことがわかった。
私は加害者のゆがんだ世界観に右往左往させられていただけだったから、自分に非がないのが明らかだったので、すぐに回復できたんだと思う。
一ケ月前は自身の経験を綴ることについて、書くことで自分で自分の物語にからめとられ、認知の歪みが強化されることもあるのではないかと思い、自分のことを物語化することや、書籍化することに危うさを感じた。わざわざ本の裏側のことを書いたり、人に相談したことも、一瞬だけ後悔した。
でも、今はそうは思わない。
書かなかったら、なかったことになるから。
私の経験したことも、その時の気持ちも全部私だけしか知らない。もし、書かなかったらそれがなかったことになる。
私が語らなければなかったことになるということは、私しか書けないことだ。
私が書かなかったら、加害者にとっては何もなかったことになる。
だから残しておくべきだ。
私が何をされ、いかに私の世界観をゆがめられ、いかに傷ついたか、を。
だから今は後悔していない。
こちらでもご案内しましたが、秋のイベント出店案内です。
①は開催中。作品だけのお取り扱いになります。
②は現地での出店です。『愛と家事』の販売はございませんので、ご了承ください。
③は作品だけのお取り扱いになります。オンラインショップも開設予定です。




『愛と家事』には書かれていないことがあります。
それは、「最後」という章の登場人物による性暴力です。
当時はそれを性被害だと認識していませんでした。
それは、『愛と家事』の骨子となる、元夫のDVより前の出来事でした。
私は当時最初の結婚生活がうまくいかなかった理由を、自分のせいだと捉えていました。
しかし、元凶は「最後」の登場人物による性被害の方でした。
好感を持っていた人物からの性暴力に非常にショックを受け、こんな始まり方ではなければよかったのにとか、これは恋愛感情ゆえのものだとか、自分が受け入れられる現実にコーティングしようと、性暴力を否認しようとしていました。
また、性暴力を受けたのが結婚していたときだったので、元夫への罪悪感を持たされました。もしこの出来事がなければ、元夫とはもっと早く別れられたし、暴力を振るわれることもなかったと思います。
性加害を受けた人は現状の否認や、ほかの人との関係の悪化などにより、暴力に巻き込まれやすくなるといいますが、私が辿ったのはその典型的なパターンでした。
そしてその後、「最後」の登場人物とうまくいく方法がなかったのか、どこにも答えがないことで延々と苦しみ続けます。
しかし、その人物は性欲目当てだったので、最初から答えなどありませんでした。
執筆当時はその人物の加害行為を否認したいがゆえに、
恋愛感情ゆえと取り違え、性暴力を受けた事実を書きませんでした。
既婚なのに好きな人ができてしまったと悩んでいましたが、それはその人物の性暴力を否認したくて生まれた感情であり、私は何も悪くありませんでした。
また、その人物の目的は性行為で、私と恋愛したいわけではなかったので、私はどこの時点でも間違えておらず、後悔していた過去の選択は全く後悔しなくていいものとなりました。
恋愛だと思い込もうとしていたことが、性被害であったことを受け入れるのは苦しかったのですが、今までの後悔や悩みや自己嫌悪や自己否定はしなくていいものとなって、私の人生は明るいものとなりました。
そうした視点から読むと、『愛と家事』は全然解釈の違う話となります。
この体験により、隠れた性被害というのは、まだまだ多くあるのではないかと思いました。
この記事によると、性被害を認識するのに、事件から7年以上かかると言われています。
世の中にはこのように、被害者が被害を認識できずに隠されている性被害が多くあります。それは、加害者のストーリーに巻き込まれているからです。
私がこの事件を性被害だと認識したのは、以下の作品や報道、ポッドキャスト番組などによるところが大きかったです。
関係の不自然さが不可解で、過去のこの関係がずっと心のしこりとなっていました。近年の不同意性交や性被害を扱った小説などによって、自分のされたことの全貌を理解しました。
不同意性交について
・ジャーナリストの伊藤詩織氏の事件
・タレントの中居正広の事件
グルーミングについて
・ジャニーズの事件
・『房思琪の初恋の楽園』というグルーミングを扱った小説
自身のステイタスを隠して交際したり性的関係を持つことが性加害であるということについて
・小川たまか氏のポッドキャスト
一昔前なら、私が勝手に勘違いしただけで済まされる出来事ですが、
加害者がすべてにおいて意図をもってこのような行為を行ったとすれば、それは性加害であり、性犯罪であると私は考えています。
性加害者は、巧妙に主語をずらします。
勘違いした私が悪い、傷ついた私が悪い、求めているからやってあげている・・・
しかし、それこそが、加害者の認知の歪みです。
だまされたことは恥ずかしくありません。だました方が悪いのです。
勘違いした私が悪いのではなく、勘違いさせた加害者が悪いのです。
傷ついた私が悪いのではなく、傷つけた加害者が悪いのです。
性行為を求めているのは加害者の側です。
このような主語のずらしに負けてはいけません。自分が悪いと思ってはいけません。
悪いのは身勝手な性欲をがまんできない衝動性や、このような行為を性加害と認識できない認知の歪みや、巧妙に主語をずらして目的を達成しようとする、倫理観のない加害者の方です。
加害者は自分のしたことを加害だと認識していません。
再度言いますが、性加害者は巧妙に主語をずらします。
そのくせ、加害者は言葉をもちません。
自分のゆがんだ世界観を説明できません。
どうしても性欲を達成したくて、そのために被害者を利用したとは、言わないのです。だから、加害者との対話は平行線にしかなりません。
加害者は自分のしたことを何もわかっていないのです。
語れるのは被害者です。
歪んで身勝手な加害者の世界に取り込まれてはいけません。
今までの主語を全部置き換えて物語を書き換え、加害者の物語から抜け出さなければなりません。
加害者の世界観から来る自分を責める声に負けてはなりません。
身勝手な欲望を短絡的な方法で達成しようとし、それを正統化する加害者のゆがんだ世界観に負けてはいけないのです。
この件はこれにて終了します。
この件については作品化もしないし、今後何か文章を公開することもないし、聞かれてもお話しすることもありません。
今後『愛と家事』に関しては私が積極的に販売することも署名を入れることもありません。
まずは自身の健康回復に努めたいと思います。