夜学舎

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遠くに行きたい

もうずっとお母さんのことが重い。

ずっとそうだった。

特に10代の終わりから。
他の家の人よりかまいすぎだと思う。
やめてほしいことをやめてくれない。
とにかく物をあげたがる。
いらないものをくれる。
自分で決めたい、考えたいと言っているのに、横からいろいろ言ってきて、わたしが自分の頭で考える時間をくれない、待ってくれない。
わたしが決めたことに対して何か言う。
でもその何かは、お母さんの理解できる何か、「こうなってほしい」何かで、わたしの意見をくんだ何かじゃない。
何かしようとするときに、頼んでないのに勝手にお金をくれようとする。
それはありがたいことのはずなんだけど、
でもありがたいと思わされて、受け取ることでお母さんの意見も取り入れないといけないような気分になって素直に受け取れない。
そのせいで全然楽しくない。
いつもやりとげなければいけないという義務感と恩を返さなければと思わされる。
いつも先回りして通路をふさがれる感じがする。

わたしが遠くへ行こうとするたび、アドバイス、心配、お金、いろんな形を変えて、より強い引力で引き止めようとする。
そのせいで出て行こうすると、強烈な罪悪感に襲われ、そして結局何もできない。
罪悪感は依存に変わって、わたしもそこから逃れることに不安を感じる。
なんで他のうちの子みたいにもっと放っておいてくれないのか。
失敗したとき、間違った選択をしたと思ったとき、
時間をくれなかったから、いらない口をはさむからと責めると、
決めたのはわたしじゃないかと言われる。
それは正論だ。
決めたのはわたしで、決められなかったのも間違った選択をしたのもわたしの弱さだと思う。
でも、家族を引き合いに出して、わたしをあの田舎の小さな家に、気持ちを縛り付けようとするのはずるいと思う。


だからわたしはどんどん遠くに行きたい。
どんどん遠くに行かないとお母さんはわたしが別の人間だとわからない。
例えばわたしは子どもが好きじゃないこと。
例えば家族とか血のつながりみたいなものがいちばん尊い価値観だと思ってないこと。それをわかってほしい。
でもお母さんはたぶん理解できない。
理解できないから、勝手な理屈で納得しようとする。
できないならわからないと放置すればいいのに、お母さんは勝手な理屈で自分のわかる世界にわたしを押しとどめようとする。
だから、お母さんと会うときはお母さんが理解できるわたしを演じないといけなくて、それが息苦しい。

もっとどんどん遠くに行きたい。
お母さん声の届かないところまで。
じゃないと、わたしはいつまでたってもほんとの気持ちがわからないままだ。
お母さん声の届くところにいると、いつまでもお母さんの価値観に押さえつけられてしまう。
お母さんの価値観というのは、お母さんだけにあるんじゃない。
わたしを育んだお母さんを育んだ、故郷のあの小さい島の規範の中にあるやつと同じだ。
女は黙ってろとか若いやつは黙ってろとか親戚付き合いが大事とか家とか墓とか田んぼとかを大事にしろとか。
ああいうことを言われるたびに、わたしは体中が怒りで沸騰する。
間違ったことを言っていなくても、わたしが選んだものではない性、わたしが選んだものではない生まれた場所、わたしが選んだものではない生まれた時代、
それをたてに黙らされ、主張が押さえつけられるのは理不尽だ。
その理不尽さに頭が沸騰して黙れと叫び出したくなる。
黙らないのはわかっているから、
全部捨ててどんどん遠くに行きたくなる。

お母さんの声が頭の中で響いていつまでも何も決められなかった。
お母さんの引力に引っ張られて負けていた。
負けたのは、自分が責められたくなくて、
その場で納得したふりをする弱さがあったせいだ。
罪悪感に飲み込まれる弱さがあったせいだ。
恩知らずや薄情と言われたくない弱さがあったせいだ。

だからお母さんの声をふりきった人や、
お母さんの声を元から気にしなくていいような人や、
強さをもっている人がうらやましくなって、
今度はその嫉妬に飲み込まれそうになる。
そうやって、人の声に飲み込まれ、
自分のほんとうに欲しいものをつかみ取れない
弱いわたしだった。
いつまでも自分の中の弱さに負けたくない。
だから、わたしはどんどん遠くに行きたい。
お母さんの声の届かないところに行きたい。
懇願も感傷も罪悪感も全部振り切って、
どんどん遠くに行きたい。
どんどん遠くに行かないとわたしはわたしの人生を生きられない。
わたしはわたしの人生を自分の手の中にしっかりと握って、
どんどん遠くに行ったその先で、
今度はわたしの声を響かせたい。


 母との関係については、『愛と家事』にも書いています。
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